漢方のミニ知識
漢方薬についてのミニ知識をまとめました。
1.漢方薬は効くのでしょうか?
2000年以上の歴史をもつ漢方薬は、その過程の中で無数の試行錯誤と取捨選択が行われてきました。その結果、効かないものは切り捨てられ 有効性の高いものが残され、絶妙に体系化されています。
漢方薬に対して、現代の西洋医学の根幹を成す有機合成をベースとした合成薬は、漢方薬に無い切れ味のよい優れた効果を示すものが少なくありません。しかしながら、漢方薬と違って積み重ねが浅い分(合成薬の歴史は約100年)、思わぬ副作用が問題になった例が散見されます。
明治維新の際、日本はドイツをお手本にして西洋医学を取り入れましたが、その当時、東洋医学を医学として認めずに排除するような風潮がありました。漢方薬が再び現代日本の医学界に返り咲いたのは昭和中期以降であり、漢方のエキス剤が1976年以降医療現場で広く用いられるようになって、多角的に評価されるようになりました。
「漢方は効くのでしょうか?」の問いかけについて、その答えは「Yes」です。
漢方薬は、効能効果が科学的に実証され薬事法で認められた「医薬品」です(このため漢方薬の調合は医師または薬剤師でなければ行えません)。お客様の症状(証)を見極め、それに最適な漢方薬を処方できれば、著効例(劇的な効果)も少なくありません。
実際、漢方薬の原料である生薬から抽出された成分を基に、多くの新薬が開発されております。つまり、現代医学で用いられている医薬品は、漢方処方を参考として漢方薬の原料である生薬成分に基づくものが少なくありません。当薬局の薬剤師も製薬企業において様々な生薬成分をスクリーニングしながら新薬の研究を行って来ており、最新医学の立場からも漢方処方の重要性を強く認識しております。
2.漢方薬と合成薬の違い
よく「病気との戦い」 などと言われますが、合成薬を用いる現代医学では病気の主因を特定して対処が行われます。(表現が多少不適切かも知れませんが)病気を「敵方」とすれば、敵の弱点を研究した上で武器として薬剤が使われます。例えば癌が発症すれば、様々な検査で癌の種類を特定し、癌細胞の弱点を分子レベルや遺伝子レベルで解析して、効果的な武器、すなわち抗癌剤が使われます。
一方、漢方薬を例えると、病気の結果として現れてくる症状を見極めた上で、むしろ平和的に解決しようとする方法に近いといえます。病気の原因を直接攻撃するのではなく、様々な生体バランスを整えて病気に対処します。さらに、漢方薬は病気の主因が見極められない状態や病気とは言えない状態(未病状態)にも用いられることもあり、この点は、合成薬の用法と大きくことなるとこです。
合成薬のように主因を直接的攻撃する方法は切れ味鋭い効果が期待できます。しかし主因が特定できない場合は打つ手がなく、薬が処方されることはありません。一方、主因が特定できたとしても研究者の想定外の事態への対処が後手になるという欠点があります。つまり合成薬は薬の研究者が想定した範囲で病気を治すことができれば問題ないのですが、研究者が人間である以上、当初の研究では予測不可能な結果を招くことがあり得るのです。
漢方薬の処方は2000年と言う長い時間をかけて処方が洗練されてきています。また、未知の病気や新薬では手におえない病気を含めて、病気の種類や状態によっては、漢方薬を用いて上手く生体バランスを整えることにより平和的に解決出来るものもあり、むしろ、そのような治療法が効果的な場合もあります。
近年になり、遺伝子解析技術の進歩により遺伝子解析が迅速かつ正確に行えるようになりました。それに伴い、これまで煩雑であったヒトの腸内の細菌分布(腸内細菌叢;腸内フローラ)に関する研究が大きな進展を見せています。実際、肥満、老化、糖尿病、高血圧、ガン、アレルギー、人と人とのコミュニケーションに至るまで腸内細菌が作り出す様々な物質がヒトの健康や日常生活に多大な影響を与えていることが徐々に実証されつつあります。
漢方薬は植物由来の生薬を原料にいるため、薬効成分と共に多くの食物繊維を含み、これらの食物繊維は腸内の善玉菌を増やす効果があります。この特性は西洋薬にはない漢方薬の大きな特色であり、漢方薬は薬効成分による直接的な効果に加えて腸内フローラを変えて体質改善を行い、平和的、総合的に健康に導く力があると言えます。
3.漢方薬は生薬を組み合わせて作ります
漢方薬はいろいろな生薬を組み合わせて作ります。下の表は、漢方薬と生薬についてのまとめです。
名称 | 説明 | 備考 |
生薬 | 生きた薬と書いて「しょうやく」と読みます。植物、動物、鉱物など自然界に存在し、何らかの薬効を持ち、人工的に抽出精製されていないものを生薬といいます。 | 生薬に対して、西洋医学の考え方に基づいて人工的に作られた薬を西洋薬、合成薬、合成医薬品などといいます。 |
漢方薬 | 日本における中国の伝統医学の理論や処方に基づいて、生薬を単独あるいは複数組合せた薬のことを漢方薬といいます。 生薬は漢方薬を作るための部品に相当し、そのための設計図が中国伝統医学の理論や処方と言えます。 | 中国伝統医学(中医学とも呼ばれます)に基づくものではなく、日本で処方を決められた生薬の配合剤を和薬といいます。 和薬に漢方薬を合わせて和漢薬ということがあります。民間の口伝、伝承による薬(薬効があるとされるもの)を民間薬ということがあります。 |
漢方薬は、中国の伝統医学の理論や処方を基に、生薬を単独もしくは組合せることによって成り立っています。 中国の伝統医学の元となる理論とは、「易経」という理論体系(物事を説明する際に、よりどころとなる理屈のこと) に基づいており、今でも漢方薬の処方を考える際にベースとなっています。
漢方薬の処方(生薬の組み合わせ方)は、紀元前202から紀元後220年の間に編纂された 「黄帝内経 (こうていないきょう)」、「神農本草経(しんのうほんぞうきょう)」、 「傷寒雑病論(しょうかんざつびょうろん)」でほぼ完成され、現在に至っています。 ここで「…経」とは仏教の「お経」と同じで「大切な教え」という意味があります。
人類が誕生して以来、感染症、怪我などいろいろな病気(症状)に対し、人々は生薬を経験的に用いてきました。 初めのうちは単独で用いていても、いくつかの生薬を組み合わせて使うと効果的な場合が多いことが分かり、様々な病気に対して 様々な生薬の組み合わせを試すようになりました。
また、薬の使い方についても、同じ処方であっても口から飲んだ方が良いのか、患部に貼り付けた方が良いのかなどについて 試行錯誤され、それぞれの処方に合わせた剤形(薬の形)が経験的に見出されてきました。現代の漢方薬も、生薬を単独で用いる ことは稀で、ほとんどの場合いくつかを組み合わせて(2~30種類)処方します(組み合わせて調合した薬のことを方剤とも 言います)。
4.漢方薬の剤形
下の表のように、漢方薬の形(剤形)は、適応する症状と生薬の性質に合わせて「丸薬」、「散剤」、「膏薬」…などもありますが、 大部分は「煎じ薬」として服用されます。「煎じ薬」は液体であるため、服用することによって素早く薬効成分を体内に取り込める というメリットがあります。
剤形 | 説明 | 用法 | 備考 |
煎じ薬 | 生薬をお湯に煎じてカスを取り去った薬汁のこと。難しく言うと「生薬の加熱水抽出液」でしょうか。 | 内服 | 本来、「煎じ薬」とは、生薬を煎じた薬汁「液体」のことを指すのですが、広い意味で、煎じる前の刻んだ生薬のことを「煎じ薬」という場合もあります。このホームページでは生薬を煎じた液体(薬汁)を「煎じ薬」と言います。 |
エキス剤 (錠剤) | 液体の煎じ薬から水分を飛ばして粉末や顆粒状にしたもの。錠剤はさらにそれらを固めたものです。 | 内服 | 凍結乾燥法等の技術を駆使して製薬会社で大量生産されます。エキス剤を打錠して錠剤としたものもあります。エキス剤および錠剤は古来からの剤形ではなく、70年程の歴史しかありません。薬の効き目に関係ない添加剤を比較的多く含みます。 |
散薬 | 生薬を細かく粉砕して粉にしたもの。 | 内服 外用 | エキス剤は煎じ薬から水分を取り除いて粉にしていますが、散剤は生薬そのものをすりつぶして粉にしており、生薬そのものの粉末のことを言います。 |
丸薬 | 生薬を細かく粉砕して粉にし、蜜や水等を加えて丸い粒状にしたもの | 内服 外用 | 丸剤は直径5mm程度のものから卵ぐらいの大きさのものまであります。漢方薬を保管しやすくするために考えられた剤形といえます。 |
膏薬 | 生薬を煎じつめて糊状にしたもの | 内服 外用 | 膏薬は処方によって夏にカビが発生しやすい欠点があります。 道士が作った複数の薬を煉り合わせた不老不死の薬は「丹薬」と言われています。 |
薬酒 | 生薬を酒につけるか、生薬を入れた酒を加熱したもので、カスを取ってから服用します | 内服 | 代表的なものでは、正月に飲むお屠蘇のようなものがあります。これは屠蘇散(とそさん)という処方を日本酒などに入れて作ります。 |
花露 | 生薬を蒸留して作った薬液のこと | 内服 外用 | 薬の効果は弱いが、内服しやすいという特徴を持っています。 |
5.煎じ薬とエキス剤の違いについて
煎じ薬もエキス剤ももとをただせば、どちらも生薬から抽出した薬汁です。しかしエキス剤は水分を除去して粉末状に 加工されています。 煎じ薬とエキス剤の違いは、コーヒーに例えると良く分かります。コーヒーで言えば、淹れたての 煎じ薬はレギュラーコーヒーに相当します。一方エキス剤はインスタントコーヒーにあたります。
レギュラーコーヒーは、サイホン等を用いてコーヒー豆から抽出する手間がかかりますが、香りも味も 最も良い状態で飲むことが出来ます。一方、インスタントコーヒーは抽出する手間がかからず、カップに入れて お湯を注げばすぐ飲めるという便利さがあります。レギュラーコーヒーと同じように煎じ薬も手間暇を掛けて 煎じなければなりませんが、エキス剤は簡単に服用することが出来ます。エキス剤は製薬工場で大量生産されるため 均一なものが作ることが出来るというメリットもあります。
漢方薬の形 | 特徴 | コーヒーに例えた場合 |
煎じ薬 | 煎じるための手間と時間がかかるが、 直前に煎じて服用するため最も効果的。 | 手間と暇がかかるが、ベストな味と香りを楽しむことができる。 |
エキス剤 | 煎じる手間と時間を必要とせず、手軽に持ち運べる。 効果は煎じ薬に劣ると思われる。 | すぐに飲めて持ち運びに便利な反面、味と香りはレギュラーコーヒーに及ばない。 |
一般的な漢方薬局で「煎じ薬を下さい」と言えば、コーヒー豆に相当する「生薬の刻み製剤」が渡されます。 購入した刻み製剤を自宅で煎じてから漢方薬を服用することになります。
6.煎じ薬とエキス剤の成分の違い
実は、漢方薬のエキス剤もインスタントコーヒーも、同じような製法(フリーズドライ製法、 スプレードライ製法など) で作られています。この製法は、生薬の煎じ液を凍らせて、真空状態に置くことにより水分を除去します(この製法は 物体の「昇華」という現象を応用したものです)。
エキス剤もインスタントコーヒーも、如何にして主要成分を損なうことなく「水分」だのみを除去するかが重要な ポイントになります。 しかし、エキス剤を製造するには、水分除去のために幾つかの工程を経なければならず、 その過程で有効成分の減少が起きます。たとえば、桂皮や桃仁などの生薬では、どはどうしても 揮発性の有効成分が損なわれてしまいます(インスタントコーヒーでアロマ成分が損なわれる ことと同じ理由です)。
実際、漢方処方の中には、同じ処方であってもエキス剤では全く効果が認められず、煎じ薬に切り替えると効果が得られるという ことが珍しくなく、むしろよく起こります。無論、服用される方の体質の違いと言う不確定要素はありますが、煎じ薬の方が効き目が確実で強いということは疑いの余地がありません。
漢方の専門科であれば、「あの処方とあの処方はエキス剤では効かない…」という、その道の「裏」知識的なものがありますが、一般の 方でも、例えば更年期障害に汎用される加味逍遥散などはエキス剤ではほとんど効かなかったとう経験があるのではないでしょうか。
実際、精神症状が顕著な更年期障害の女性のお客様に加味逍遥散の水精抽出エキス剤を処方した場合、余程のことが無ければあまり効果が望めませんが、 同じ加味逍遥散でも、煎じ薬(煎じ薬アルミパック)を用いると「ガツン」と確実な効果が得られます。
実際、加味逍遥散には薄荷(はっか)が含まれ、エキス剤では、製造工程において揮発成分のメントールがほとんど損なわれて しまい、本来の効果を発揮しません。従って、どうしてもエキス剤を用いるのであれば、加味逍遥散のエキス剤の服用と共に、はっかの飴を ためたり、ガムを噛むことをお客様にお勧めすることもあるぐらいです(こうすることで、エキス剤の製造工程で失われたはっかの成分を 補うことができ、効果を補完することができます)。
7.薬効の違い
自宅や仕事先で漢方薬を煎じる時間と手間が作れない現代人の生活においては、エキス剤の便利さは 捨てがたいものがあります。また、医療の場において漢方薬の利用を推進したエキス剤の功績は大きく、 今後も選択肢の一つとして必要な剤形であることに間違いはありません。
しかしながら、先の例のように、エキス剤よりも煎じ薬の方が、多くの有効成分が保たれており、漢方薬としての真価 を忠実に引き出せることは間違いありません(煎じ薬に対してエキス剤では有効成分の 含量が少なくなるという客観的データがえられており、文献的にも発表されています)。
以上のことから、もし、お客様に「煎じ薬とエキス剤のどちらがよく効くか」と尋ねられれば(コーヒーを味わうには レギュラーコーヒーがお勧めのように)漢方薬の潜在的なパワーを活かすためには、やはり「煎じ薬」として服用されることをお勧めします。 とお答え致します。
8.煎じ薬の煎じ方について
前段までに、漢方薬の持つ真価を引き出すためには「煎じ薬」が一番効果的であることを延べましたが、手軽なエキス剤と異なり、 煎じ薬を作るには手間と時間がかかります(光熱費などのコストもかかります)。
一般的な煎じ薬の作り方としては、生薬を土瓶や鍋などに入れて、水を入れてから火にかけ、水量が半分にになるまで 煮詰める作業が必要です。
コーヒーを長時間加熱すると味が落ちてしまうように、煎じ薬も煎じる時間と火加減のコントロールが重要になってきます。 多くの場合、煎じ過ぎは薬効成分の変性や分解を引き起こしてしまいます。詳細は割愛致しますが、生薬によっては、強火で煎じなければ 有効成分が溶け出しにくいものや、ゆっくり長時間を掛けて煎じることによって毒性がなくなるもの(附子)もあります。逆に長時間煎じて しまうと有効成分が分解してしまうものや、揮発して含有量が少なくなってしまうものなどもあります。
多くの煎じ薬は以下の点に注意して煎じると良いです。
煎じ薬を煎じる容器は、鉄器を用いてはいけません。土瓶やガラスポットなどが最適です。大部分は弱火で40分から1時間以内で煎じる ようにします。濃く出そうとして煎じすぎると良くありません。必ず煎じカスを取り除いてから服用します。「宵越しの茶は飲むな」の 諺と同じで、(家庭で煎じた煎じ薬を無菌状態に保つことはむずかしいため)煎じ薬をそのままにしておくと雑菌が繁殖します。このため、 出来るだけ煎じたその日のうちに飲み切るようにします。